しくじり社長!俺みたいになるな!(株式会社平野塗装様)

対談動画記事 外壁メーカー団体名塗装 2022.09.05 (最終更新日:2024.01.16)
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※本記事は上記動画の内容を一部編集しています。

トークゲスト:平野裕司 様 (株式会社平野塗装 代表取締役)
トークゲスト:山岡鉄也 様 (株式会社ヤマオカ 代表取締役)
・MC:菅原 徹(株式会社アステックペイント 代表取締役)
・MC:関 勇輝(株式会社アステックペイント 大阪営業所所属)
・MC:秀島 舞(株式会社アステックペイント 大阪営業所所属)

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株式会社平野塗装様の紹介

秀島:本日も始まります対談動画ですが、「しくじり社長、俺みたいになるな!!!」の第3弾をお届けしたいと思います。

今回貴重なしくじり講義をしてくださる講師の方は、こちら!株式会社平野塗装代取締役、平野裕司様です。本日はよろしくお願いいたします。

秀島:そして今回は生徒役として株式会社ヤマオカ、山岡鉄也社長と弊社代表菅原も授業に参加いただいております。山岡社長、菅原社長、本日はよろしくお願いいたします。

関:アステックペイント大阪営業所の関でございます。ではまず私の方から、株式会社平野塗装様についてご紹介をさせていただきます。

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創業は2014年という形で、創業されて。現在、三重県四日市市あと、三重県内を中心に4店舗ですね展開されているという地域一番店会社様でいらっしゃいます。

元請住宅塗装がメインで、公共事業の方もやられているということでございます。社員数が12名ということで、売り上げが昨年4.9億と、急成長とげられている会社様でいらっしゃいます。

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そして本日の講師、平野先生。平野塗装の代表取締役ということで、左官職人をやられた後に20歳で塗装職人に転職されて30歳で独立と。法人化したのが2014年に、株式会社平野塗装を設立されて。現在、塗魂ペインターズの中部長もしていらっしゃるという方でいらっしゃいます。

会社の売り上げですけれども2020年コロナになって昨年ですね。プロタイムズにも加盟していただきましたが、あと、公共事業ですね。去年参入をしたということで、過去最高益という4.9億円という、まさに大急成長中の会社様でいらっしゃるということでございます。

しくじり①30歳ラーメン屋解散宣言

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関:それでは、1つ目のしくじりはこちら「30歳ラーメン屋解散宣言」ということでラーメン屋さんやってたわけではないですね?30歳の時に解散宣言があったと。30歳までは立場としては番頭ということで

平野:そうですね。番頭で地元の老舗店なんですけども、40年近く続いた塗装会社さん。

個人なんですけど、そこで3年ぐらいはいたんですけど、順番的に自分が番頭をさせていただいて。

関:いわゆるナンバー2という。親方がいて、番頭がいて、塗装職人がいてと。

平野:私の中では永遠のナンバー2と思ってました。若い子たちを入れて。親方があの給料を払ってくれるし、塗料も親方が買ってくれるし。好きな段取りで仕事できるし。居心地の良い場だったんですけど、突如ですね。

関:ラーメン屋というと?

平野:仕事が終わりまして、若い子2人ぐらい連れて行ったんですね。ご飯食べに行こうっていうことで、ラーメンを食べてたんですね。突然電話が鳴りまして、ちょっと外に出て。話したところ、親方というのも75歳ぐらいで、ちょっと体の方も悪くなってしまって、週に2回ほど透析してて。体を悪くされたそうですね。ちょっと営業の力もちょっと落ちてきてたところだったんですけども。

急にですよね、明日から仕事がない。「なんとかできるか?」「なんとかしてくれよ」

突然です。ほんとにラーメンがもう鼻から出るかと思って。

関:それでじゃあ、明日からじゃあどうするっていう話になったんですね?

平野:そうですね。若い職人って言っても、ほんとに入ってまだ間もない頃の子達もいたので。まず、あの仕事を探す、知り合い伝手を電話するわけですよ。先輩であったり、横の繋がりというありとあらゆるとこに電話しては見つからなければ、その先紹介してくれ、誰かと繋いでほしいところまで行ったんですけど、やっぱりその厳しい言葉が飛んできましたね。

若い子、もう切ったらいいじゃん。若い子いらないから。平野君なら来てくれ、と。

責任感の中でしかなかったんですけど、ここ、なんとかしていかないといけないなっていうところで。自分の仕事も月に半分ないぐらいの状態で、なんとか仕事をつないで。

なんとかしてくれって言われたので、そのままトラックがそこを受け継いだったわけなんですね。そうすると、親方からすると2代目を作ったわけじゃないから。

「買い取りなさい。」それでもまあ、納得できる金額で譲っていた。格安ですけどね。

関:若い子もいたので束ねていくぞっていう気持ちに。当時はお金なかったんじゃないですか?

平野:結構真面目な方で、2~300万貯蓄はしてたんです。まっ先に来るのが給料日なんですよ。この立て替えは生まれますよね。あとは、仕事を貰った時にかかる材料費とか一瞬でなくなりました。

関:ほんとにでもその300万はなかったらね。そうですね。先にね支払いをして、後からお金ですから。

しくじりから学んだ教訓

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「いつまでもあると思うなら金と仕事」。もうまさに言葉通りという感じですが、やっぱり永遠のナンバー2では行けないですか?

平野:永遠のナンバー2はそうですね。甘かったですね。急に次の日から親方になった。何の準備もされてなかったですね。

菅原:質問なんですけど、ある日突然親方となって独立して、その3人の若い人の方とスタートして、最初は応援で繋いでったっていう話でしたけど、それからいろんな苦労しながら心の休まりがある状態になるまで、どんぐらいの時間かりました?

平野:時間がかかったのがですねもうこれはほんとにずっとなかったですね。もう気づいた時に、自分の中でやっぱり社会に恩返ししていかなきゃいけないっていうところに出会うのが、そっから5、6年先なんですね。

ですので、5、6年間はもう必死で、明日の仕事のことお金のことを常に悩んで、頭が痛かった毎日は過ごしてたかな、と思いますね。まぁちょっと深酒もしてましたね。

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しくじり②不渡200万円○○没収

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関:それでは続いてのしくじりに参りたいと思います。2つ目のしくじりはこちら!

「不渡200万円○○没収」ということで前回も不渡りのお話がありましたけど、業界あるあるなんですかね。

平野:ここの元請けさんと出会ったのがですね。先ほど引退した親方からの知り合いということで、ものすごく安心して付き合いをさせていただこうかな、というところだったんですね。

ところがですね。1件2件仕事をしていくにつれてですね。やはり、お金の払い方がちょっとおかしくて。

そこでもあの離れられない事情としまして、まず仕事がないわけなんです。選んでいる場合ではありませんでした。もうほんとにたくさん言ってくるだけの仕事全部受けてしまう。

関:全部なんでもこなしていた時代ですね。

平野:ちょっと調子に乗ってですね。応援で職人を呼んでみたりするようになってた時期でしたので。

急に電話かけても電話が繋がらないし。それでも現場が動いてるので、逃げたわけではないだろうと思ってたんですけどもある日お客さんですかね。

お金を払ったという話を現場で聞いた時に、これはいよいよ、ちょっと怪しいぞ。ということで。事務所の方に行かさせていただいたらないんです。はい、行ったらなんと、もうないんです。形跡はあるんですけど、誰もいないぞ、ということで。

いわゆる夜逃げというか。電話だけは出るんです、電話が繋がる。ちゃんと払うから。それを信用して仕事してるんですけど、やっぱりその約束の日には必ず現れない。電話も繋がらない。

関:なるほど、それで一体何を没収したんです。

平野:事務所のポスト荒らしてたら、ダメですけど(笑)、住んでるんだろうなっていう住所が出てきて。若い子と私でいう。当時の右腕の子と2人でちょっと行ってみるか。

ピンポンってはいそしたら、陽気な声で「はーい」ってきて。暴力でも解決にもならないと思いまして、冷静にお話をさせていただいたら、どうも「払う意思」がないということで。だったら「お金になるものは他にはありませんか?」ということで、こっちからしたら少しでも足しになればということで。車を頂戴いたしまして。伸びる梯子ありますよね?そういったものをチョイスして乗せて。

関:ちなみに、車の車種は?

平野:プロボックスですね。

関:それ、お金になります?(笑)

平野:型落ちの。

関:社長の車をとったとかじゃなくて、プロボックス。じゃ回収にはならないですね。

平野:回収にはならないですね。自分の気休めぐらいにしかならなくてですね。

しくじりから学んだ教訓

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関:こちらのしくじりに対する教訓は、こちら

平野:「いつまでもあると思うな元請け先」

平野:そうですね、選んでられないというか。住宅一軒とっても20人工なので20日かかってしまうわけですから、

関:不安定さっていうのを感じて、その辺りからちょっと元請けを意識し出すぐらいですか。

平野:そうですね。取る側に回ったらっていう。興味はすごく考えるようには意識的には深めるようになってきました。

関:こちらも生徒役のお話を聞きたいと思います。はい、山岡社長。

山岡:ちょっと前回ね。私も似たような経験、話させてもらったんですけど、この時って、割とそこの元請けさんに頼ってた部分が大きいんですよね?そこがまあそうやって潰れてしまった。その後は結局どうされたんですか?

平野:もう1回、応援先に戻ってですね。横の繋がりでもそうですし、元請けさんを紹介していただいてるっていう日々でしたね。

平野:もう孫請けぐらいの仕事をしてました。ほんとに残っても数万円ていう。

あんまりその計算は得意じゃなかったんで、あのガソリン代とか引いてみたら、あれ、何も残ってないですっていう。いつまで経ってもやっぱ200万円の呪縛はずっと続いたわけですね。

山岡:何年ぐらい響きました?

平野:私が記憶したらもう2年ぐらいは。まともに自分の中で給料というのが取れたのは、2年後ぐらいでしたね。

しくじり③愛する鉄馬から卒業

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関:それでは3つ目のしくじりはこちら「愛する鉄馬から卒業」鉄馬というのはバイク。これ、卒業っていうのは何歳のタイミング。

平野:30歳ですね。仕事は真面目だったので。17歳からこの業界、建設業界に入って。

仕事はほんとに真面目にやりながらも、10代で○○族を卒業して、そして25歳ぐらいに旧車會。バイクをほんとに愛する方の会議です。で、30歳で入ったというか自分たちで作ったんですよ。チームを鈴鹿の方で。

関:卒業のタイミングはこれどういうことがきっかけなんです?

平野:1つは、30歳という年齢。バイクを吹かせばお金が出ていくわけじゃないですか?

関:どんくらいかかるもんですか。月。

平野:月ですか?改造費含めて少なからず50万ぐらい。成人を超えたやんちゃな方の集まりなので。

関:30歳の時ふと気づくわけですね。

平野:仕事に対して意識が変わっていって、せっかく塗装業になってるのに。1番獲らなくてどうするんだろう?っていうことを、ちょっと真剣に考えて。

平野:何やってんだ、いつまでやってんだ。とそこでバイクを卒業しようということで、

卒業してそのままバイクを後輩の家に持っていってそのままあげました。これが自分のやり方だな。ここでお金取ったらかっこ悪いじゃないですか。きっぱし辞めるんなら譲ろうと。

関:そのお金を、何かにかけた。

平野:高校が実は情報処理っていうことで。一太郎。パソコンとか得意で、自分でゲームとか作るんですけど。そういうことで遊んでたら、もしかしたら自分の塗装のホームページっていうのを作れるんじゃないか?で作ってみたんですよ。本当に。

関:そのバイクのお金をそっちにスライドさせて自分でホームページを作られた。

関:バイクにかけていたお金をホームページに。

平野:そうですね、本業にかけだした。そっから元請が本格化してその後しばらく経ってから塗魂ペインターズにも出会われて。自分もなんか人の役に立ちたいかなっていう風なことを思い出して。

しくじりから学んだ教訓

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関:ということで、こちらのしくじりに対する教訓は、こちら

平野:「会社への投資は初速が大事」です。

関:バイクだけにということで。早かったですね。そうですね。とにかくスピード。ホームページのこととかショールームのこととか塗魂で学んだこと早かったんですよね。地域では取り組むのが。

平野:当時、モデルもいませんでしたし、自分の中でやはり、その関東の都会の人たちがやってることを田舎の三重県に持ち帰れたっていうことは、すごく大きな出会いだったなと思います。

取り組むスピード即行動といってましたが、それが今の地域1番店にも繋がってると。初速が大事です!素晴らしい教訓でございました。

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しくじり④怒れるクラッシャー王

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関:それでは最後のしくじりはこちら「怒れるクラッシャー王」いよいよこれは大丈夫かなっていうね。前回の動画でも壁に穴をあけた人いましたけどね。これはクラッシャー王ということなので、ものに当たるっていう。

平野:人からモノへ変わったなと(笑)
怒って、物を投げたら当たってしまって、高さのある観葉植物がパタッと倒れて、そこにカランカラン♪とお客様が来てしまって(笑)

つまらない理由なんですけど、たまたま台風の日に喧嘩してしまって。

台風で、またまたまその台風の被害で。外でガシャンと音がして屋根の笠木が飛んできたのでそれはちょっと拾いに行ったんですね。雨の中。傘を拾って戻って。

(スタッフに)もう一言・二言と言われた。

そのまま笠木を投げてしまって。おりゃーって。そしたら指が切れてて。ちょっとおかしいんですよね。切った時って。痛い方がいいんですけど、はいちょっと熱いんです。

投げたら熱いな。タオル巻いて去っていきました。

関:まさに怒れるクラッシャー王って、そういうことですね。

しくじりから学んだ教訓

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関:まさに自爆だったんですが、自爆を経験された。このしくじりからの教訓が、こちら

平野:「観葉植物は蹴るものではなく、水を与え、愛でるもの。」

関:まあその通りです。その観葉植物となぞらえてっていう形ですけど、社員に言われました。

「ものに当たってもいけど、怪我はするな」と。

関:お母さんみたい。なるほど、それでハッとしたわけですね。

平野:そうですね。もうやっちゃいかんなと。見えないところでやってますけど。

関:確かにもうその社員さん、我々の塗装業界っていうのは、人がいないと売り上げが立たないですねですからね。社員さんも観葉植物も水を与えめでるものです。

平野:はい、その通りでございます!!!

菅原:クラッシャー王は、もう卒業できたんですよね。

平野:できております。

菅原:で、まあいろんな経験をされてきた中で、足の指を折ったとかもあったと思うんですけど、実際にクラッシャーを卒業できたきっかけなり、理由とかありましたでしょうか。

平野:きっかけは色々たくさんありすぎて厳選できないぐらいぐらいあります。ただその中でもやはり社の中の雰囲気でとっても悪くなるんですよね。離職に繋がったりしたと思うんです。

言えなかっただけで。あとは、これから自分が何になっていきたいんだっていうことをやっぱり考えるようになった時にやっぱ人格だ、と思いますね。

人格がなければ、自分が目指すように到底なれないというところで、心を入れ替えしました。

関:以上でですね。本日はしくじりと教訓ですね。全て尽くしたということで、平野社長ありがとうございました。

まとめ

秀島:ありがとうございました。本日も大変貴重なトークを繰り広げていただきました。

最後になりますがこの動画をご覧の塗装業に関わる方々に対しまして、平野社長より熱いエールをいただければと思います。平野社長よろしくお願いいたしますいします。

平野:私もそうだったんですけど、ほんとに何ともならんようなところから始まっております。

ブレずに、目先の目標で良いので、常に立てて、それを1つずつクリアして行っていただいて、社会にですね。必要とされる人間を目指して、これからの仕事、夢に向かって頑張っていただけたらなと思います。
一緒に塗装業界の未来を変えてまいりましょう。よろしくお願いします!

秀島:ありがとうございます。それでは、本日生徒役としてご参加いただきました山岡社長一言ご感想、お願いいたします。

山岡:貴重なお話ありがとうございました。被るところもたくさんあり、またこの業界って似たような経験されていく人がやっぱ多いのかなと。

これからつまずいたりとかしていく方もたくさんいらっしゃると思いますが、こういった話を生かして、事前に話を聞いていくことによって、自分がそうなった時にそこを乗り越えれるっていうね。こういった、あの貴重な話、ほんとに今日はありがとうございました。

秀島:ありがとうございました。それでは最後に菅原社長一言、よろしくお願いいたします。

菅原: 私も経営を22年間という中で、たくさんのしくじり、それから失敗もあって色々考えていくと、結局そのしくじり、もしくはその失敗から学んで、その時に成長していったと思いますので、しくじりはネガティブじゃなくてプラスだな、と今日は思いました。

そういう中で、これからもたくさんのしくじりを平野社長されていくんじゃないか、と思いますし、その話をまた次回お聞かせください。本日はどうもありがとうございました。

ということで、本日のぶっちゃけトーク特別編を終了したいと思います。

最後までご視聴いただきまして、誠にありがとうございました。次回もぜひご期待ください!!それではさようなら~~!


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【メディア運営会社】株式会社アステックペイント

AP ONLINEを運営する株式会社アステックペイントは、建築用塗料を製造・販売する塗料メーカー。遮熱性、低汚染性に優れた高付加価値塗料の研究・開発の他、システム・販促支援など、塗装業界の課題解決につながる事業を展開。

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